国立病院機構帯広病院の呼吸器外科は、帯広市(人口160,764人)を中心とした
広大な北海道・十勝医療圏において肺がん・気胸・縦隔腫瘍・胸膜・胸壁の腫瘍、膿胸などの
手術を行う数少ない専門診療機関です。
地域の基幹病院や診療所と連携しながら、質の高い呼吸器外科医療を完結できる体制を目指しています。全国140施設の国立病院機構のポテンシャルを最大限に発揮して、より良い医療を提供できるように努めています。十勝の広域医療という地域特性を踏まえ、遠方から通院される患者さんにもできるだけ負担の少ない診療を提供できるよう努めています。80歳以上の高齢者や重篤な基礎疾患を有する患者さんも、安全で低侵襲な手術を受けられるように、最大限の適応拡大に取り組んでいます。
呼吸器外科は、肺・縦隔(左右の肺の間にある心臓・大血管・胸腺などの組織を含む場所)・胸壁・横隔膜などに発生する腫瘍、炎症、外傷などに対して外科的治療を行う診療科です。
対象となる主な疾患には、
などがあります。近年は高齢化の進行に伴い、肺がんをはじめとする悪性腫瘍だけでなく、心臓病、糖尿病、慢性腎臓病などの基礎疾患を持つ患者さんが非常に増えており、このような患者さんに安全な治療を提供することが重要になっています。当科では、院内各診療科および地域の各病院と連携しながら、患者さん一人ひとりに適した治療方針を検討しています。
十勝は北海道の中でも広大な医療圏であり(2025年国勢調査速報値で人口315,393人)、都市部のように専門施設が密集している地域ではありません。当科はその中で、地域の中で完結できる呼吸器外科医療を目指し、十勝管内の医療機関と密接に連携しています。
「専門治療のために札幌や東京まで行かなければならない」という負担を少しでも減らし、地域に根ざした質の高い医療の提供に努めています。
当科では基本的に胸腔鏡でのアプローチによる低侵襲手術を行っています。旧来の開胸法に比べ傷が小さいため痛みが少なく、早期回復が期待できます。特に症例を選んで行う「単孔式手術」は、500円玉くらいの孔(あな)1カ所で行う究極の低侵襲手術として実施しています。また切除する範囲についても、必要最小限の肺の切除で治療成績を落とさない「肺区域切除術」を積極的に採用しています。
小さい傷で、切り取る肺もできるだけ少なく、という2方向での手術低侵襲化は全世界的な流れで、これによって従来は手術が困難だった患者さんにも手術が検討出来る時代になっています。
十勝地方でも高齢化が進んでおり、呼吸器外科手術を受ける患者さんの多くが心疾患、高血圧症、糖尿病、慢性腎臓病などの基礎疾患を持っています。北海道は比較的喫煙率が高く重症肺気腫の患者さんも非常に多い状態です。
また、以前は80歳を超える高齢者の手術は限られた条件の良い方のみに行われていましたが、昨今は80歳、場合によっては85歳を超える方に対しての手術件数が全国的にも増加傾向にあります。当科でも院内各診療科と連携し、そのような高リスクの患者さんについて、手術前後の管理も含めた安全な医療を提供しています。
紹介元医療機関との連携を大切にし、診断から治療、術後フォローまで切れ目のない医療を心がけています。遠方から通院される患者さんについても、地域の先生方と協力しながら継続診療を行っています。内科的診断・治療が必要な患者さんについても、基幹病院(帯広中央病院・帯広厚生病院など)と連携しつつ、最適な集学的治療を提供しています。

ある自治体病院での肺がん検診の様子。オンラインで検診施設と医療機関が結ばれており、撮影されたレントゲン写真が定期的にデータ転送されます。レントゲンを読むのは熟練した呼吸器科・呼吸器外科の医師で、1人の医師が1年間に読む枚数は少なくとも2千人、多い医師では2万人分にもなります。
国立がん研究センター・がん情報サービスの統計によると、国内の肺がん患者数は増え続けています。毎年12万人超の方が肺がんと診断されて、また7万人を超える方が肺がんで死亡しており、肺がん死亡者数は全てのがんのワースト1位となっています。2023年に全国で肺がんと診断されたのは人口1,000人に1人の割合であり、人口約31万人の十勝地方では1年間に300人以上の人が肺がんという診断を受けたと推定されます。同様に、2024年に全国で肺がんで亡くなった人は、人口1,600人に1人の割合で、人口約16万人の帯広市では1年間に約100人の方が肺がんで亡くなられたと推定されます。
早期発見の重要性
肺がんは早期発見が非常に重要ながんで、肺がんと診断された時には手術が出来ないくらいに進行してしまっている患者さんが、手術できた患者さんの2~3倍の数にのぼっています。肺がんに罹患されるのは多くは65才以上の高齢者で、多くの方は自治体の住民検診の対象となりますが、検診の受診者数は年々減り続けています。切除できない肺がんを減らすために、より多くの方に肺がん検診を毎年受けていただくことが重要です。
呼吸器外科では「手術できる肺がん(ステージ1,2で切除可能)」と診断された方を主に担当しています。このステージの肺がんは、転移があったとしても原発巣に近い部分のリンパ節だけで、手術で完全に切り取れると判断されるものです。
これに対して、「手術できない=ステージ3,4の進行肺がん」は、例えばがんが大動脈をむしばんでいたり、胸の奥深いリンパ節の中に転移していたり、あるいは脳や骨、肝臓など他の臓器に転移していたりしています。このような、手術では取り切れない肺がんの方は呼吸器内科や放射線治療科が担当して薬物療法や放射線治療が行われます。


胸腔鏡下肺がん手術の様子。全員がモニタ画面を見ながらの手術となります。

胸腔鏡手術で胸に開ける孔の数は3~5か所です。
以前は、胸を大きく開く「開胸術」で肺がんを切除していました。これに対して、内視鏡(胸腔鏡)を用いて小さな傷で手術をする「胸腔鏡下手術」が出現したのは2000年頃になります。小さな傷での手術は難易度が高いものですが、患者さんは痛みが少ないため回復が早く、結果的に合併症が少なくなるという優れた利点があります。

胸腔鏡下手術が開始されたばかりの頃は、画素数など映像器材の性能が低く、手術視野もあまり良くありませんでした。そのためしばらくの間は胸腔鏡での手術はなかなか普及しませんでした。しかし、2011年頃にフルハイビジョン、さらに2015年頃には4Kを用いた胸腔鏡システムが実用化され、画像の進歩に伴って世界中で飛躍的に胸腔鏡手術が広まりました。現在では、全国で行われている肺がん手術の60%以上が胸腔鏡手術となっています。

ダビンチXiの操作部

ダビンチのカメラ=双眼で3D視野が得られます
2018年には肺がんの「ロボット胸腔鏡手術」が医療保険適応となり、肺がんの手術はますます胸腔鏡手術が中心になってきています。ロボット胸腔鏡手術とは胸に差し込む手術器具をすべてロボットアームに接続して遠隔操作するという、最先端の技術を用いた胸腔鏡手術です。
これまでのロボット(ダビンチXi)による肺がんの切除は、傷の痛み、コスト、治療成績、安全性などにおいて、従来の胸腔鏡手術を超えるものではありません。そのため、肺がんに限って言えば、通常の胸腔鏡手術と、ロボット胸腔鏡手術の間に基本的には保険点数の差違はありません。
しかし、2025年には最新型のロボット(ダビンチ5)が発売されており、3Dカメラの機能強化、力覚フィードバック(ロボットから触覚が術者に伝わる)機能やAI支援など、最新機能の搭載によって安全性が飛躍的に高まっているとされています。ダビンチを含む手術支援ロボットは非常に高額であり導入できる病院は限られていますが、今後の進化が期待される領域です。
(当院では現時点ではロボット手術は採用しておりません。)
当科では患者さんの状態によっては、「単孔式胸腔鏡手術」を実施しています。この手術は胸に500円玉くらいの小さな孔を1つだけ開けて、最大直径5mmの細いカメラと器具を、すべて1つの孔から出し入れして肺がんを切除する胸腔鏡手術です。非常に難易度が高い手術ですが、患者さんの痛みも相当に低減されるという利点があり、症例を選んで実施しています。
とくに、早期肺がんや転移性肺腫瘍、炎症性腫瘍に対しては「小さめの」切除範囲が選択されることがあり、中でも「複雑区域切除」と呼ばれる高難度手術を行うことがありますが、当科ではこれを「単孔式胸腔鏡」で実施する高難度手術にも取り組んでいます。

従来の肺がんの標準手術とは、片肺の2分の1とか3分の1とかを切り取る「肺葉切除」でした。しかし、近年の研究でステージ0(早期)の肺腺がんや、ステージ1のうち小さくて悪性度の低い肺腺がんについては、もっと小さな範囲の切除で十分である(生存率が変わらない)ということが国内の多施設での共同研究で明らかとなりました。
その結果、このような早期に近い肺腺がんについては、単純にくさび形に切り取る「肺部分切除」や、細かく気管支血管を剥離しながら小さく切除する「肺区域切除」という手術が標準治療になってきています。

複雑な肺の構造、動脈(赤)、静脈(青)、気管支(黄色)。手術前の造影CT検査でこのような画像を作製し、どの血管や気管支を切断するか、術前にシミュレーションを十分に行います。
「肺区域切除」は従来の標準術式である「肺葉切除」よりもより細かい手術で、高難易度手術に当たります。この「肺区域切除」を、ロボット支援下胸腔鏡や単孔式胸腔鏡で実施することは極めて難易度が高いものですが、こうした手術も当センターで実施可能です。

血管に注入した色素が出す特定の波長の光を特殊な胸腔鏡を使って検出し、切除するべき肺区域を明らかにしていく。こうした手技を単孔式胸腔鏡で行う高高難易度手術にも対応しています。
肺がんを切除できた方でも、摘出したがんを細かく調べた結果、予想より進行してしまっていることがわかる場合があります。そういう方々は手術前にステージ1や2と診断されていても、最終的にはステージ3または4に診断が変更されてしまいます。ステージごとのおおまかな5年生存率はステージ1が80%、ステージ2は50%、ステージ3は30%程度とされていました。しかし最近は肺がんに使えるお薬が目覚ましく進歩しており、ステージ3の5年生存率は以前と比べて大きく改善しています。自験例の調査でも肺がん術後ステージ3Aの方の5年生存率は50%を超えています。

グラフはステージ3Aの進行肺がんだった方の5年後の無再発生存率(左)と5年生存率(右)を見たものです。過去の手術症例(1998年-2004年、2005年-2009年)と新しめの症例(2010年-2014年)を比べてみると、無再発生存率(左)はそれほど変わりませんが、5年全生存率(右)は新しい方が明らかに良くなっており、術後5年目で70%近くの人が生存しています。
これは、手術後の再発率はこの25年間で進歩がみられないが、再発しても長生きできるようになりつつある、ということを示しています。
再発してから10年以上の闘病を続けている患者さんも大勢いらっしゃいます。
このように、手術そのものは肺がんの治療の進歩にはあまり貢献していないのに対して、薬物療法や放射線治療の進歩が非常に大きく、万一再発したとしても、「がんと共存する」ことが可能な時代となってきています。
では、呼吸器外科はどのように進歩しているのでしょう?それこそ、これまで述べてきたように、①「低侵襲手術」によって超高齢者や重症合併症を有する人が救われるようになってきている事、②手術の合併症で亡くなる人をゼロに近づける努力を絶え間なく続けている事、という2点に集約されると考えられます。
呼吸器外科では、肺がんの再発を予防するために、ステージによっては術後の抗がん剤治療をお勧めしています。
また、必要に応じて追加での手術、抗がん剤、放射線を組み合わせて治療を行っていますが、こうした治療は「集学的治療」と呼ばれています。内服薬や点滴薬などの抗がん剤による再発予防のほか、最近では「免疫チェックポイント阻害薬」や「分子標的薬」などの新しい肺がんのお薬を使用した再発予防の治療が保険適応となっており、主に帯広中央病院や帯広厚生病院の呼吸器内科と連携して対応しています。
残念ながら手術後にがんが再発してしまった方については、他院の呼吸器内科に相談を行い、「どの薬物を使用するか」「放射線治療をどうするか」などを検討し、学会が定める「肺がん診療ガイドライン」に準拠した「標準治療」を行うことを心がけています。それぞれの患者さんに合わせた最善の治療を提案しています。
また、最近では「手術が良いかどうか微妙な進行肺がん」と診断した方について、手術前に新しい薬物を用いた化学療法を行うことが生存率を向上させることが明らかとなり、保険適応されています。こういう症例についても当科と他医療機関との密な連携で対応します。
大腸がん、腎臓がん、一部の肉腫など、肺以外の臓器に発生したがんや肉腫などは、病気の進行とともに肺へ転移を起こすことがあります。こうした腫瘍は切除したほうが全体としての病態に良い影響を与えることがあり、肺切除の対象となります。
特に大腸癌の肺転移などでは、切除できるものは、何度でも切除した方がその後の生存率が良いとされているため、一度に切除する肺はできるだけ小さい範囲とします。なかには2度3度と手術を繰り返していく症例もあります。
転移性肺腫瘍の手術のうち、肺の外側にできたものについて小さく肺の一部を切りとる「部分切除」が可能ですが、肺の内側にできてしまった腫瘍は、血管や気管支を切り離す複雑な手技が必要になります。これは「区域切除」または「肺葉切除」と呼ばれています。
当科では、転移性肺腫瘍の「区域切除」に力を入れています。「肺葉切除」と比べて肺の容積を温存できるので、患者さんはその後も複数回の肺の切除が可能になるというメリットがあります。
胸部で、左右の肺に挟まれた中央の部分(心臓や大血管、食道などがあるところ)は、「縦隔(じゅうかく)」という部分です。ここに出来るがんや腫瘍を「縦隔腫瘍」と呼びます。良性の縦隔腫瘍として、内部に液体をもつ袋状の「のう胞」と呼ばれるものも多いですが、悪性の腫瘍もしばしば発生します。
前胸部にある胸骨という骨の内側に「胸腺」という小さな臓器があり、ここから発生する胸腺腫・胸腺がんの摘出手術が縦隔の手術では最も多いものとなります。
以前は胸骨を縦に切断して大きく胸を開く、「胸骨正中切開」というアプローチで手術されていました。しかし最近では3cm程度の大きさのものならば、内視鏡(胸腔鏡)やロボット胸腔鏡で切除できるようになっています。
現在、中皮腫の切除は腫瘍の容積減少、という位置づけであり根治を目指すものではありません。最新の肺がん治療ガイドライン・中皮腫の項目に従って最新の知見をもとに、症例経験の多い大学病院に助言を仰ぎながら、切除と抗がん剤を組み合わせた「集学的治療」について相談させていただきます。原因不明の胸水についても、安全性を確保したうえで入院での検査をお勧めしています。
国立病院機構・帯広病院呼吸器外科では十分な研鑽を積んだ専門医が、高度な肺がん外科診療を提供しています。胸腔鏡手術のほか、先進的な術前、術後補助化学療法など、日進月歩の肺がん診療をいち早く取り入れて患者さんに還元するように努めています。
全国調査の結果を見ても、肺がんの手術では残念ながら術後の合併症による死亡がゼロではありません。これを可能な限りゼロに近づけ、なおかつ肺がんの治癒率が高まる様に、最大限に力を発揮して日々の診療に取り組んでいます。
残念ながら「肺がん」と診断されてしまっても、またそこから一緒に考えて闘うことが出来ますので、まずはご相談いただければと思います。
当科では上のように呼吸器外科・肺がんの専門診療を行っています。呼吸器外科手術の経験症例数は4,000例以上、胸部レントゲン読影についてはこれまでの肺がん検診への関与で20万枚以上のレントゲンを読影した医師が診療に当たっています。レントゲン診断の部分からでも迷う事がございましたら、いつでもご相談ください。
また、気胸についても積極的に対応しています。平日夜間や土日祝日などに、気胸の診療など速やかな対応が必要な場合は、時間を問わず代表電話にご連絡ください。呼吸器外科の当番医に繋がる仕組みになっております。いつでも遠慮無くご相談ください。
独立行政法人国立病院機構(NHO)
帯広病院 呼吸器外科
〒080−8518 帯広市西18条北2丁目16番地
代表電話 0155-33-3155
当科では肺がんを中心とした呼吸器外科疾患に関する診断や治療方針について、セカンドオピニオンにも対応しています。
肺がんや手術適応について不安や疑問をお持ちの方は、遠慮なくご相談ください。
私たちは、北海道・十勝という広大な地域に暮らす患者さんが安心して専門的な呼吸器外科治療を受けられることを大切にしています。「大都市に行かなければ専門治療を受けられない」のではなく、十勝の地で高水準の呼吸器外科医療を提供することを目標に、スタッフ一同努力してまいります。呼吸器外科の病気について気になることがありましたら、どうぞお気軽にご相談ください。
阿部 二郎(医学博士)
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